フェスは、音楽を聴くだけの場所じゃなかった

最初は、
完全に好きなアーティストありきだった。

あのバンドを観たい。
その時間に間に合えばいい。
フェスは、
大きなライブ会場の延長だと思っていた。


きっかけは、音楽だった

フェスに行き始めた理由は、
すごくシンプルだった。

Air JAMも、フジロックも、
最初に惹かれたのは、
ラインナップだった。

どのステージで、
誰が、いつ演るのか。

それだけを見て、
予定を組んでいた。


行ってみたら、想像と違った

実際に足を運んでみると、
思っていたのと少し違った。

音は、
ステージの前だけじゃなく、
会場のあちこちから聞こえてくる。

遠くのステージの音。
近くのテントのざわめき。
人の声や、風の音。

スケートランプやアパレルブランドなどの物販。

音楽とカルチャーが、
空間に溶け込んでいた。


ステージの外に、長くいた

何度か通ううちに、
不思議な変化が起きた。

ライブを観ていない時間のほうが、
長くなっていた。

芝生に座って話したこと。
何気なく歩いた森の中。
街の居酒屋で昼飲みしたこと。
夕方の、少し冷えた空気。

あとから思い出すのは、
アーティストのパフォーマンスと
そういう時間だった。


フェスは「居る」場所になった

フェスは、
音楽を聴く場所じゃなくなっていた。

音楽が鳴っている場所に、
ただ居る

それだけで成立する時間。

フジロックで感じたのも、
Air JAMで覚えた高揚も、
だんだんと
「音楽+場所+時間」
として記憶に残るようになった。


帰らない前提で過ごすようになった

居る時間が大事になると、
自然と
「帰る」という発想が薄れていった。

最後まで観なくてもいい。
全部把握しなくてもいい。

ただ、
その場所に居続ける。

フェスはいつの間にか、
一時的な居場所になっていた。


次の体験へ

居場所としてフェスを捉えるようになると、
次に浮かんできたのは、
「泊まる」という選択だった。

帰らない前提で過ごす時間。

それが、
次の体験につながっていった。

この続きは、
また別の記事で書こうと思う。